|
|
<書評>深澤賢治中斎著『素読論語』
中里麦外(群馬社会福祉大学教授・文学博士)
|
|
今年の夏の最大のイベントは、やはり北京オリンピックであろう。華やかな開会式における歓迎のメッセージとして用いられたのは、孔子の言行録『論語』の句「朋(とも)の遠方(えんぽう)より来る(きたる)有り。亦(また)楽しからずや。」であった。
<文化大変革命>の嵐が吹き荒れたのは、そう昔のことではない。その折、孔子の思想や『論語』が、反革命のシンボルとして攻撃の対象とされたのは、記録に新しいところだ。そしていま、世界の耳目を集めた北京オリンピックの開会式に『論語』が登場した意味は大きい。『論語』は、歴史的復権を果たしたのである。
儒教が統一中国の国教として定められたのは紀元前一三六年のこと。爾来、中国の政治と文化の中心には、儒教があり、孔子がいた。孔子のオリジナリティーは、伝統と文化を尊重するという<伝統>を確立するための、実践的な方程式を示したところにあろう。
ところで、日本の戦後政策は、儒教文化軽視の道を辿った。しかし、時代の力は、平成維新をもとめて動きつつある。
深澤中斎(賢治)編著『素読論語』の出版は、そうした社会の需要に応えたものと言えよう。(株)シムックスの創業者である著者は、中斎塾塾長として知足主義と陽明学に立った人間改革運動に挺身されている。また、『渋澤論語を読む』『陽明学のすすめ』(明徳出版)『真釈佐藤一斎「重職心得箇条」』『財政破綻を救う山田方谷「理財論」』(小学館)等を著わしているが、いずれも深い実学精神に根ざした行動の書としてその社会的評価はすぐれて高い。
本書の特徴は、さしあたって次の四点にあろう。一つは、『斯文会訓点論語』に拠る基本テキストであること。二つは、素読用テキストとして最善の読み方を採用していること。三つは、親しみやすさを期して新字・現代仮名遣いを用いていること。四つは、本文配列のバランスがたいへん美しく読みやすいこと。
素読とは、いわば人間が人間を越えようとする祈りと出会う行為である。『中斎素読論語』は、そうした出会いへのすぐれた手引書であることは間違いないであろう。
|
明徳出版社、1,200円
|
|
|
|
|
|
|
|